ゴールデンウィークの岐阜で、人混みに疲れずに本物の祭りを味わいたい。そんな人に毎年すすめているのが、西濃の小さな宿場町・垂井町で行われる「垂井祭り」です。正式には「垂井曳やままつり」と呼ばれ、5月2日から4日までの3日間、八重垣神社と中山道垂井宿の一帯が祭り一色に染まります。
結論から言うと、垂井祭りの主役は「3輌の豪華な曳やま」と「その上で小学生が演じる子ども歌舞伎」の2つです。漆塗りと蒔絵、名工の彫刻金具で飾られたやまは「動く陽明門」と称され、岐阜県の重要有形民俗文化財に指定されています。しかも観覧は無料で、JR垂井駅から歩いて約5分という近さ。高山祭ほどの混雑はなく、町の人の息づかいが聞こえる距離で祭りを楽しめるのが魅力です。
この記事では、開催日と時間の基本から、3輌のやまの見分け方、子ども歌舞伎の楽しみ方、南北朝時代にさかのぼる起源、電車と車それぞれのアクセス、そして祭りのついでに歩きたい垂井宿の立ち寄り先まで、旅の計画に必要な情報をひとつにまとめました。
・垂井祭り(垂井曳やままつり)の開催日・時間・会場の基本
・「動く陽明門」と呼ばれる3輌の曳やまと子ども歌舞伎の見どころ
・電車と車、それぞれのアクセスと駐車場で失敗しないコツ
・祭りと一緒に巡りたい中山道垂井宿の立ち寄りスポット
垂井祭りとは?660年以上続く「垂井曳やままつり」の基本

まずは祭りの全体像から押さえておきましょう。「いつ・どこで・何が見られるのか」がわかれば、旅の組み立てはぐっと楽になります。
毎年5月2日〜4日、ゴールデンウィーク後半の3日間が本番
垂井祭りは、毎年5月2日〜5月4日(3日間)に開催されます。曜日に左右されず日付で固定されているので、来年以降の予定も立てやすいのが特長です。開催時間の目安は11:00頃~23:00頃で、昼の曳き回しから夜の灯りに照らされたやままで、1日を通して祭りの空気が続きます。
日付が固定されているということは、年によっては平日に当たる日も出てくるということ。5月3日・4日は祝日なので人出が増えやすく、5月2日が平日に重なる年はやや落ち着いた雰囲気で見て回れます。家族旅行なら祝日、写真をじっくり撮りたい一人旅なら5月2日、というように日を選ぶのがおすすめです。
注意したいのは、時間が「頃」と幅を持たせて案内されている点です。曳やまの動きや歌舞伎の上演は町の段取りで前後するため、特定の場面をねらうなら、当日に垂井町観光協会や観光案内所で最新の予定を確認してから動くと空振りを防げます。
会場は八重垣神社と垂井宿一帯、駅から歩ける距離
祭りの会場は八重垣神社・垂井宿一帯です。八重垣神社はJR垂井駅から徒歩約5分の場所にあり、神社を起点に旧中山道の町並みへと祭りの空間が広がっています。会場がコンパクトにまとまっているので、地図とにらめっこしながら移動する必要はほとんどありません。
| 住所 | 岐阜県不破郡垂井町1126 |
| アクセス | JR垂井駅から徒歩約5分 |
駅を出て南へ歩くうちに、お囃子の音や人の流れが自然と会場へ導いてくれます。小さな子ども連れでも歩ける距離感は、大規模な祭りにはない良さです。神社の境内でやまを間近に眺め、そのまま宿場町の通りへ出て、格子戸の町家を背景にしたやまを写真に収める――そんな動き方ができます。
ただし、町の道幅は宿場町時代の名残で広くありません。やまが通る時間帯は人が通りに集まり、ベビーカーや車いすでは身動きが取りにくくなる場面もあります。やまの進路に近づきすぎず、少し離れた位置から全体を眺めるのが安全で、写真の構図としてもきれいに収まります。
観覧は無料、それでいて来場者は2万5000人規模
垂井祭りの観覧は無料です。チケットや有料観覧席の手配が要らないので、思い立った日にふらりと訪れることができます。るるぶの紹介では来場者数は2万5000人とされ、人口規模を考えると町を挙げての一大行事だということが伝わってきます。
高山祭のように観光客で通りが埋め尽くされるほどではないものの、地元の人や近隣から訪れる人で、昼過ぎから夜にかけては通りがにぎわいます。旅行者にとっては、地元の家族連れに混ざって祭りを眺める「生活の中の祭り」を体感できるのが最大の価値です。
「垂井祭り」は通称で、観光パンフレットや岐阜県の観光サイトでは「垂井曳やままつり」と表記されます。現地で情報を探すときや、ネットで最新情報を調べるときは正式名称で検索すると目的のページにたどり着きやすくなります。
無料だからこそ気をつけたいのが、飲み物や軽食、トイレの確保です。屋台が並ぶ時間帯はありますが、ピーク時は並ぶこともあります。駅周辺で準備を整えてから会場に向かうと、祭りの時間を余さず楽しめます。
「動く陽明門」と呼ばれる3輌の曳やまはどこが違う?
垂井祭りの顔といえば、町を練り歩く3輌の曳やまです。それぞれに名前と受け持ちの町があり、違いを知ってから眺めると見え方がまるで変わります。
西町・東町・中町、3つの町が1輌ずつ守り継ぐ
垂井の曳やまは、西町の攀鱗閣(はんりんかく)、東町の鳳凰山(ほうおうざん)、中町の紫雲閣(しうんかく)の3輌です。それぞれの町がやまを所有し、祭りのたびに組み立て、曳き、次の世代へ受け渡してきました。
名前を見るだけでも、町ごとの思いが伝わってきます。「攀鱗」は龍の鱗にすがるという故事に由来する言葉で、出世や飛躍の願いが込められていると言われます。「鳳凰山」は瑞鳥・鳳凰、「紫雲閣」は仏が乗って現れるとされる紫の雲を思わせる名前です。祭りの場で町の人に「これはどこのやま?」と尋ねると、誇らしげに教えてくれることも多く、それ自体が旅の思い出になります。
| やまの名前 | 受け持ちの町 | 文化財指定 |
|---|---|---|
| 攀鱗閣(はんりんかく) | 西町 | 岐阜県重要有形民俗文化財 |
| 鳳凰山(ほうおうざん) | 東町 | 岐阜県重要有形民俗文化財 |
| 紫雲閣(しうんかく) | 中町 | 岐阜県重要有形民俗文化財 |
注意点として、3輌が常に一か所に並んでいるわけではありません。曳き回しの段取りによって位置が変わるため、3輌すべてを見たい人は、時間に余裕を持って町を歩く前提で計画を立てておきましょう。
漆塗り・蒔絵・彫刻金具――細部にこそ「陽明門」の名の理由がある
3輌はいずれも、精巧な造りに漆塗り、蒔絵、名工による彫刻金具を施した絢爛豪華なやまです。その雄大華麗な姿から「動く陽明門」と賞賛され、岐阜県重要有形民俗文化財に指定されています。日光東照宮の陽明門にたとえられるのは、装飾の密度と、光を受けたときのきらめきの印象から来ているのでしょう。
見どころは遠景よりも近景にあります。黒漆の艶やかな面に描かれた金の蒔絵、角ごとにはめ込まれた金具の細やかな文様、柱や欄間を飾る彫刻――境内でやまが止まっているときこそ、近づいて細部を観察する絶好の機会です。写真好きの人は、望遠よりも標準〜中望遠のレンズで部分を切り取ると、職人の手仕事の跡がよく写ります。
ただし、文化財ですから手を触れるのは厳禁です。人が集まる場面では押されてやまに接触してしまうおそれもあるので、混雑時は一歩引いた位置から眺めましょう。
屋根の上の「三種の神器」を探してみよう
意外と見落とされがちなのが、やまの屋根の上です。岐阜県の観光サイトによると、3輌の屋根上部にはそれぞれ、三種の神器である金龍に鏡、火えんの曲玉、草薙の剣がとりつけられているとされています。
実は、この屋根飾りこそが3輌を見分けるいちばんの手がかりになります。車体の装飾はどれも豪華で、慣れないうちは区別がつきにくいもの。ところが空を背景にした屋根の飾りはシルエットが際立つので、遠くからでも「あれは鏡のやま」「こっちは剣のやま」と見当をつけやすいのです。子ども連れなら「屋根の上の宝物を3つ探そう」と声をかけるだけで、祭り見物がちょっとした宝探しに変わります。
どのやまにどの神器が載っているかは、現地で町の人や観光案内所に尋ねるのが確実です。夜は暗くなって屋根の上が見えにくくなるので、屋根飾りの観察は明るいうちに済ませておくのがコツです。
小学生が演じる子ども歌舞伎はなぜ見逃せないのか

豪華なやまと並ぶ、もうひとつの主役が子ども歌舞伎です。やまの舞台に立つのは地元の小学生。その本格ぶりに、初めて見る人の多くが足を止めます。
安永年間から続く、やまの上の本格歌舞伎
垂井の子ども歌舞伎は、安永年間(1772~1780年)に始まったとされる、江戸時代から続く伝統芸能です。岐阜県の観光サイトでも「江戸時代から始まった本格的な子供歌舞伎がやまの上で上演され、好評を博しています」と紹介されています。
「本格的」という言葉は誇張ではありません。化粧、衣装、見得の切り方、せりふ回しまで、大人の歌舞伎の型を受け継いだ舞台です。演じる子どもたちは芸児と呼ばれ、祭りに向けて稽古を重ねてきます。やまそのものが舞台になるので、観客は通りや境内からやまを見上げる形で観劇することになり、劇場とはまったく違う臨場感があります。
演目は年によって異なります。2017年の公演記録には「曽我十二時揚巻助六」の名前が残っていますが、毎年同じ演目とは限りません。お目当てがある人は、開催前に垂井町観光協会へ問い合わせておくと安心です。
3日間で10数回の公演、どのタイミングで見るのが正解?
るるぶの紹介によると、小学生の芸児たちが10数回の公演を行い、大人に劣らない堂々とした演技が見どころとされています。3日間で10数回ということは、1日に複数回の上演があるということ。1回見逃しても、次の機会をねらえるのが嬉しいところです。
どの回を選ぶかは旅のスタイル次第です。明るい時間帯の公演は衣装の色や化粧の細部がよく見え、写真も撮りやすい。一方、夜の公演はやまの灯りに浮かび上がる舞台が幻想的で、江戸時代の芝居小屋を思わせる雰囲気があります。日帰りなら昼、宿泊するなら夜も、というように組み合わせるのがおすすめです。
注意点は、上演中はやまの前に人が集まり、後ろからでは舞台が見えにくくなることです。見たい回が決まったら、少し早めに場所を確保しておきましょう。
観劇マナーと、子ども連れで楽しむコツ
子ども歌舞伎は、地元の子どもたちが主役の舞台です。観光客として楽しませてもらう立場であることを意識すると、より気持ちよく観劇できます。
まず、上演中のフラッシュ撮影は控えましょう。強い光は演者の集中を妨げますし、周囲の観客の視界も遮ります。同じ理由で、スマートフォンや自撮り棒を頭上に高く掲げるのも避けたいところです。見得を切る場面では、周囲の地元の人が声をかけたり拍手をしたりすることがあるので、それに合わせて拍手を送ると、舞台と客席が一体になる心地よさを味わえます。
子ども連れの家族には、同世代の子が舞台に立つ姿は格好の「生きた教材」になります。せりふの意味がわからなくても、衣装の鮮やかさや見得の迫力は小さな子にも伝わります。ただし、上演は人垣の中で見ることになるため、肩車をする場合は後ろの人への配慮を忘れずに。長時間の立ち見がつらい年齢の子は、1回だけ集中して見て、あとは町歩きに切り替えるくらいがちょうどいいでしょう。
南北朝から続く物語――祭りの起源と中山道の宿場町
垂井祭りをもっと深く味わうなら、その背景にある歴史にも触れておきたいところです。この祭りは、宿場町・垂井の歩みと切り離せない物語を持っています。
後光厳天皇をなぐさめた「花車3輌」が始まり
📜 歴史メモ
南北朝時代の文和2年(1353)、北朝の天皇である後光厳天皇が美濃国垂井へ難を逃れたとき、そのつれづれを慰めようと、村人たちが花車3輌を造って曳き回したことが始まりといわれています(岐阜県観光連盟「岐阜の旅ガイド」より)。
南北朝の動乱のさなか、都を離れて美濃に身を寄せた天皇を、村人たちが花で飾った車を曳いてもてなした――垂井祭りは、そんな心温まる逸話を起点にしています。注目したいのは「3輌」という数です。最初の花車が3輌だったことと、現在の曳やまが3輌であることが重なり、660年以上の時を経ても祭りの骨格が受け継がれていることがわかります。
現地でやまを見上げるとき、この起源を思い出してみてください。豪華な装飾の奥に、遠来の客をもてなそうとした素朴な心が息づいていると感じられるはずです。なお、伝承として語られる部分もあるため、詳しい史実を知りたい人は町の資料館の展示もあわせて見ておくと理解が深まります。
中山道の宿駅であり美濃路の起点――垂井宿が栄えた理由
祭りの舞台となる垂井宿は、中山道の宿駅であると同時に美濃路の起点でもあった交通の要所です。岐阜県の観光サイトによると、天保14年(1843)には315軒の家が立ち並び、沿道には今も当時の面影が残っています(岐阜の旅ガイド「中山道垂井宿」)。
中山道は江戸と京を内陸で結ぶ街道で、美濃路は垂井から分かれて名古屋方面へ向かう道です。2つの街道の分岐点だった垂井には、旅人や物資が集まり、それが町の経済力を生みました。3輌の絢爛なやまを支え続けられたのも、宿場町として蓄えた富と、町衆の結束があったからこそでしょう。
祭りの日に宿場の通りを歩くと、格子戸の町家や古い商家の軒先に提灯が下がり、普段は静かな町並みが一気に華やぎます。ただし、町並みの多くは現在も人が暮らす住宅です。写真を撮るときは、敷地や玄関先に入り込まないよう注意しましょう。

「岐阜の宿場町を歩いてみたいけれど、数が多くてどこへ行けばいいのか分からない」——そんな声をよく耳にします。江戸と京都を結んだ中山道は、岐阜県内(旧美濃・木曽)…
高山祭と比べてわかる、垂井祭りならではの個性
岐阜の曳山祭りといえば、まず高山祭を思い浮かべる人が多いでしょう。豪華な屋台と全国から集まる観光客、宿の予約競争――高山祭は「旅の目的地」としての祭りです。
意外と知られていないけれど、垂井祭りは「町の人の祭りに旅人が混ぜてもらう」という距離感こそが最大の魅力です。やまの数は3輌と多くはありませんが、その分ひとつひとつのやまの周りに町衆の顔が見え、子ども歌舞伎の芸児を家族や近所の人が見守る空気まで伝わってきます。観光地化された祭りでは感じにくい、祭りが地域の暮らしの一部として息づいている手ざわりがあるのです。
もちろん、高山祭のような規模感や華やかな演出を期待すると、物足りなく感じる人もいるかもしれません。からくり人形の披露を目当てにするなら高山、子ども歌舞伎と宿場町の雰囲気を味わいたいなら垂井、と目的で選び分けるのが賢い楽しみ方です。
電車と車、どちらで行く?アクセスと駐車場の現実

垂井祭りは、電車でも車でもアクセスしやすい祭りです。ただし、祭りの日ならではの事情があるので、それぞれの特徴を押さえてから手段を選びましょう。
電車派はJR垂井駅から徒歩約5分、これがいちばんラク
もっともおすすめなのは電車です。会場の八重垣神社・垂井宿一帯へは、JR東海道線「垂井駅」から徒歩で約5分。駅を降りてすぐに祭りの空気に触れられます。
垂井駅は東海道本線の駅で、大垣駅と関ケ原駅の間に位置しています。名古屋方面や岐阜方面からなら大垣駅を経由して向かう形になり、大垣観光と組み合わせるのにも便利です。お酒を楽しみたい人、夜の歌舞伎やライトアップされたやままで見たい人にとっては、帰りの運転を気にしなくていい電車がもっとも合理的な選択です。
注意点は、在来線のローカル区間なので、都市部ほど本数が多くないことです。夜遅くまで祭りを楽しむ場合は、帰りの列車の時刻を事前に調べておきましょう。最終に近い時間帯は祭り帰りの人で混み合うことがあるので、1本前の列車を目安にすると余裕が持てます。
車派は関ヶ原IC・大垣西ICから約15分
車で向かう場合、岐阜県の観光サイトでは名神関ヶ原ICから車で約15分、東海環状大垣西ICから車で約15分と案内されています。関西方面からは名神、岐阜市や美濃加茂方面からは東海環状道を使うと、どちらからもほぼ同じ時間で到着できます。
| 比較項目 | 電車(JR垂井駅) | 車(名神関ヶ原IC) | 車(東海環状大垣西IC) |
|---|---|---|---|
| 会場までの目安 | 徒歩約5分 | 車で約15分 | 車で約15分 |
| 向いている人 | 夜まで楽しみたい人・お酒を飲む人 | 関西方面から来る人 | 岐阜市・中濃方面から来る人 |
| 気をつけたい点 | 夜の帰りの列車本数 | 祭り会場周辺の駐車場確保 | 祭り会場周辺の駐車場確保 |
ぎふ旅手帖調べ(岐阜県観光連盟「岐阜の旅ガイド」掲載のアクセス情報をもとに作成)
車の強みは、関ケ原古戦場や南宮大社など周辺スポットとはしごしやすいこと。祭りを半日、残りを周辺観光に充てるドライブ旅なら、車の機動力が生きてきます。
駐車場は普通車100台――足りなくなる前提で動く
岐阜県の観光サイトでは、祭りの駐車場として普通自動車100台、大型バス2台が案内されています。数字だけ見ると十分に思えるかもしれませんが、来場者は2万5000人規模。車で来る人のすべてを受け止められる台数ではありません。
ゴールデンウィークの祝日、昼食をとってからのんびり車で向かったら、会場近くの駐車場はすでに満車。空きを探して町内をぐるぐる回るうちに、お目当ての子ども歌舞伎の回を逃してしまった――祝日の午後に到着すると起こりがちなパターンです。
対策:車なら祭りが始まる前の時間帯に到着しておくか、大垣駅など近隣の駅周辺に車を置いて電車で1〜2駅移動する「パーク&ライド」に切り替えましょう。最初から電車を選ぶのがもっとも確実です。
もうひとつ注意したいのは、やまの曳き回しが行われる時間帯は、宿場町の通りが人と祭りで埋まることです。会場の真ん中まで車で入り込もうとすると、身動きが取れなくなるおそれがあります。駐車場の位置や交通規制は年によって変わる可能性があるので、出発前に垂井町観光協会へ確認しておくと安心です。
3日間をどう回る?タイプ別の楽しみ方とモデルプラン
同じ祭りでも、誰と行くか、何を見たいかで最適な回り方は変わります。ここではタイプ別に、垂井祭りを満喫するための動き方を提案します。
家族旅行なら、明るい時間帯の境内と町歩きを中心に
小さな子ども連れの家族には、明るい時間帯を中心に組み立てるプランがおすすめです。祭りは11:00頃から始まるので、午前中に到着して駅前の観光案内所で当日の予定を確認し、まずは八重垣神社の境内でやまを間近に見るところからスタートしましょう。
子どもの興味を引きつけるのは、前の章で紹介した「屋根の上の三種の神器探し」です。3輌のやまを巡りながら宝探しをすれば、歴史に詳しくない子でも退屈しません。子ども歌舞伎は、同世代の芸児が演じる姿に親子で見入るきっかけになるので、明るいうちの公演を1回選んで観るのがいいでしょう。
注意点は、日中の5月の日差しです。境内や通りには日陰が少ない場所もあるので、帽子と飲み物は必携。人混みで子どもとはぐれないよう、集合場所を八重垣神社の鳥居前などわかりやすい場所に決めておくと安心です。夜遅くまでいると子どもが疲れてしまうので、夕方には切り上げるくらいがちょうどいい配分です。
カップル・写真好きなら、昼と夜の2つの顔を見比べる
カップルや写真好きには、昼と夜の両方を楽しむプランをすすめます。開催時間は23:00頃までと長いので、昼に町歩きと境内のやまを楽しみ、夕暮れ以降に灯りに照らされたやまと夜の子ども歌舞伎を味わう、という流れが組めます。
昼のやまは漆と蒔絵の細部が見やすく、宿場町の町家を背景にした構図が映えます。一方、夜は提灯や灯りに照らされた金具がきらめき、黒漆が闇に溶けて装飾だけが浮かび上がるような幻想的な姿に変わります。「動く陽明門」という呼び名の意味が腑に落ちるのは、むしろ夜かもしれません。
| 昼に見るメリット | 夜に見るメリット |
|---|---|
| 漆・蒔絵・金具の細部が見やすい 屋根上の三種の神器が確認できる 町並みを背景にした写真が撮りやすい | 灯りに金具が映え、装飾が浮かび上がる 芝居小屋のような歌舞伎の雰囲気 祭りのにぎわいが最も高まる時間帯 |
夜のやまを撮るなら、手ぶれ補正の効くカメラかスマートフォンの夜景モードが便利です。三脚は人通りの多い宿場町の通りでは邪魔になりやすいので、壁や柱に体を預けて構えるほうが周囲に迷惑をかけずに済みます。
夜まで残る場合は、帰りの交通手段を必ず確保しておきましょう。電車なら帰りの列車の時刻、車ならお酒を飲まないドライバーの確保が前提です。
一人旅・歴史好きなら、平日に当たる5月2日がねらい目
一人旅や歴史好きの人には、5月2日が平日に当たる年の訪問をおすすめします。祝日に比べて人出が落ち着く傾向があり、やまの細部をじっくり観察したり、宿場町の町並みを自分のペースで歩いたりしやすくなります。
歴史好きなら、祭りの見物と合わせて垂井宿の史跡巡りを組み込みたいところです。中山道と美濃路の分岐点という地理、南北朝時代の後光厳天皇の逸話、そして戦国時代の軍師・竹中半兵衛ゆかりの地という顔も持つ垂井は、町全体が歴史の教科書のような場所です。資料館で予習してから祭りを見ると、やまや町並みの見え方が深まります。
注意点として、5月2日は年によって月曜に当たることがあり、その場合は資料館などの施設が休館日になります。施設巡りも予定に入れるなら、訪問日の曜日と施設の休館日を照らし合わせておきましょう。この点は次の章で詳しく触れます。
祭りと合わせて歩きたい垂井宿の立ち寄りスポット
せっかく垂井まで足を運ぶなら、祭りだけで帰るのはもったいない。駅から歩ける範囲に、祭りの理解を深めてくれる立ち寄り先があります。
まずは駅前の垂井町観光案内所で当日の最新情報を
垂井に着いたら最初に立ち寄りたいのが、JR垂井駅北口ロータリーにある垂井町観光案内所です。垂井町の各種パンフレットが手に入り、観光に役立つ情報が得られます。レンタサイクルの貸し出しも行っているので、少し離れた史跡まで足を延ばしたいときに頼りになります。
| 住所 | 岐阜県不破郡垂井町1812-10(JR垂井駅北口ロータリー) |
| 電話番号 | 0584-23-2020 |
| 営業時間 | 9:00~14:00 |
| 定休日 | 毎週月曜日(月曜が祝日の場合は翌日火曜日)、年末年始 |
| アクセス | JR垂井駅北口ロータリー |
祭りの日は、やまの曳き回しや子ども歌舞伎の予定が気になるところ。案内所でその日の動きを確認してから会場に向かえば、効率よく見どころを押さえられます。駅前には戦国武将・竹中半兵衛公の像も立っているので、記念写真の撮影スポットとしても覚えておくといいでしょう。
注意したいのは営業時間が9:00~14:00と短めなことです。定休日は毎週月曜日(月曜が祝日の場合は翌日火曜日)と年末年始。祭りの日に頼りたいなら、午前中から昼過ぎまでに立ち寄るのが確実です。
タルイピアセンター・歴史民俗資料館で垂井の歴史を予習
垂井の歴史を一度に学べるのが、タルイピアセンター・歴史民俗資料館です。竹中半兵衛の生涯や、中山道と美濃路の追分として賑わった垂井宿の歴史を紹介しており、古墳の石室を再現したコーナーもあります。入館料は無料です。
| 住所 | 岐阜県不破郡垂井町垂井2443-1 |
| 電話番号 | 0584-23-3746 |
| 営業時間 | 10:00~18:00 |
| 定休日 | 毎週月曜・祝祭日、最終木曜日(12月を除く)、12月28日~1月4日 |
祭りのやまがなぜこれほど豪華なのか、宿場町がどれほど栄えていたのか――資料館で背景を知ってから町を歩くと、祭りの見え方がぐっと立体的になります。開館時間は10:00~18:00。竹中半兵衛ファンなら、町内に残る半兵衛ゆかりの寺院とセットで巡るのもいいでしょう。

「竹中半兵衛の墓を訪ねたいけれど、岐阜と兵庫のどちらに行けばいいのかわからない」——検索してみると、岐阜県垂井町の禅幢寺と兵庫県三木市の平井、まったく別の場所が…
「祭りのついでに資料館で予習しよう」と5月3日に訪れたら、扉が閉まっていた――これは見落としやすい落とし穴です。資料館の休館日は「毎週月曜・祝祭日、最終木曜日(12月を除く)、12月28日~1月4日」。5月3日(憲法記念日)と5月4日(みどりの日)は祝日なので、祭り期間中のうち2日間は休館日に当たります。
対策:資料館に立ち寄りたいなら、祭り初日の5月2日をねらいましょう。ただし5月2日が月曜に当たる年はその日も休館になるので、カレンダーで曜日を確認してから計画を立ててください。
半日あれば足を延ばせる、西濃の歴史スポット
車で訪れる人や、祭りの前後に時間がある人は、垂井周辺の歴史スポットへ足を延ばすのもおすすめです。垂井は関ケ原のすぐ東隣に位置し、天下分け目の合戦の舞台となった古戦場一帯へもアクセスしやすい立地にあります。
垂井町内で見逃せないのが、美濃国一宮として知られる南宮大社です。朱塗りの社殿が並ぶ境内は、祭りのにぎわいとは対照的な静けさに包まれていて、祭り見物の合間に心を落ち着けるのにぴったりの場所です。祭りの日の朝に参拝してから会場へ向かう、という組み合わせも気持ちがいいものです。

岐阜県で神社巡りをするなら、飛騨高山や伊勢方面だけが選択肢ではありません。岐阜県の西部・不破郡垂井町に「鉄の神様」として知られる南宮大社が鎮座していることをご存…
| 祭り+周辺観光のメリット | 祭り+周辺観光のデメリット |
|---|---|
| 西濃の歴史を1日で立体的に味わえる 祭りの混雑ピークを外して動ける 車旅なら移動の自由度が高い | 欲張ると子ども歌舞伎の回を逃しやすい ゴールデンウィークは周辺道路も混みやすい 駐車場の出し入れで時間を取られる |
注意点は、周辺観光を欲張りすぎないことです。祭りのハイライトである子ども歌舞伎の上演時刻を先に押さえ、その前後の空き時間に周辺スポットを入れる、という順番で計画すると失敗がありません。
垂井祭りを楽しむためのまとめ
まずは来年のゴールデンウィークの予定表に「5月2日〜4日・垂井」と書き込み、行く日を1日決めるところから始めてみてください。当日はJR垂井駅北口の観光案内所に立ち寄り、子ども歌舞伎の上演予定を確かめてから八重垣神社へ向かえば、660年以上受け継がれてきた祭りを無駄なく味わえます。
※開催時間・駐車場・上演予定は年により変わる場合があります。最新情報は岐阜県観光連盟「岐阜の旅ガイド」垂井曳やままつりのページや垂井町観光協会でご確認ください。

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