「鷺山 城跡ってどんな場所?」「行く価値はあるの?」——岐阜市の住宅街の中にひっそりとたたずむ標高68mの小さな山。ここがかつて、戦国の梟雄・斎藤道三が最期の日々を過ごし、娘の濃姫が織田信長のもとへ嫁いでいった歴史の舞台だと聞くと、見え方がガラリと変わるのではないでしょうか。
鷺山城跡は、鎌倉時代から戦国時代まで約370年の歴史を持つ山城の跡です。現在は鷺山公園として整備され、山頂には城址碑や土塁の痕跡が残っています。金華山の岐阜城を正面に望む眺望は、道三がなぜこの場所を選んだのかを物語っているかのようです。
この記事では、鷺山城跡の歴史的背景から見どころ、登山ルート、駐車場・アクセス情報、さらに道三塚や常在寺を巡るドライブコースまで、訪問前に知っておきたい情報をまるごとお届けします。
・鷺山城跡の歴史|佐竹秀義の築城から斎藤道三の隠居・廃城まで
・山頂からの眺望や遺構など見どころ5つの詳細
・東ルート・北ルートの2本の登山コースと所要時間
・駐車場(約50台・無料)の場所とアクセスの注意点
鷺山 城跡とは?|岐阜市に眠る戦国の舞台を読み解く

標高68mの鷺山に築かれた山城の全体像
鷺山城跡は、岐阜県岐阜市鷺山に位置する山城の跡です。標高68mの鷺山の山頂部に本丸があり、現在は鷺山公園として地域住民の憩いの場になっています。「城跡」とはいえ天守閣や石垣が残っているわけではなく、土塁・堀・曲輪跡・城址碑といった中世山城ならではの遺構が見どころです。
城の規模としては大きくありませんが、金華山(岐阜城)の北西約3kmに位置し、長良川を挟んで互いを見渡せる地理的関係にある点が重要です。この立地こそが、戦国時代にこの城が政治的に大きな意味を持った理由でもあります。入場料は無料、24時間訪問可能な屋外史跡なので、散歩がてら気軽に立ち寄れるスポットです。
築城は鎌倉時代?|佐竹秀義が築いた始まりの物語
鷺山城の築城は文治年間(1185〜1190年)とされ、築城者は佐竹常陸介秀義と伝わっています。源平合戦の時代に常陸国(現在の茨城県)から美濃国へ移った佐竹秀義が、この地に砦を構えたのが始まりです。鎌倉時代に築かれた城が戦国時代まで使われ続けたという事実だけでも、この土地がいかに戦略的な要衝だったかがわかります。
ただし、築城の正確な年代や経緯については諸説あり、確定的な史料は限られています。城跡を訪れる際は「約800年前にここに最初の砦ができた」というスケール感を頭に入れておくと、土塁ひとつにも重みが感じられるはずです。注意点として、現地に詳細な解説板は多くないため、事前にこの記事や岐阜県観光公式サイトの鷺山城跡ページで予習しておくのがおすすめです。
土岐氏の支城から美濃守護所へ|時代で変わった城の役割
鷺山城の性格が大きく変わったのは室町時代です。美濃国守護大名・土岐氏が文和2年(1353年)に川手城を築くと、鷺山城はその支城として位置づけられました。さらに1509年、土岐政房の時代に美濃守護所が川手城から鷺山城に移されたとされ、一時期は美濃国の政治の中心となったのです。
「支城」から「守護所」へという格上げは、鷺山城が単なる軍事拠点ではなく、政治・外交の拠点としても機能していたことを示しています。家族連れで訪れるなら「ここが岐阜の県庁みたいな場所だったんだよ」と説明すると、子どもにも伝わりやすいかもしれません。一人旅で歴史に浸りたい方は、Wikipedia「鷺山城」の項目も参考になります。
📜 歴史メモ
鷺山城の主な変遷:文治年間(1185〜1190年)佐竹秀義が築城 → 1353年 土岐氏の支城に → 1509年 美濃守護所が移転 → 1548年 斎藤道三が隠居城として入城 → 1549年 濃姫が織田信長に嫁ぐ → 1556年 長良川の戦いの後に廃城。約370年にわたって美濃の歴史を見守り続けた城です。
なぜ斎藤道三は鷺山城を隠居先に選んだのか
稲葉山城を見渡せる立地に隠された戦略
1548年(天文17年)、斎藤道三は嫡男・斎藤義龍に家督を譲り、自らは鷺山城に隠居しました。一見すると隠居の地として穏やかな選択に見えますが、鷺山城の山頂からは稲葉山城(現在の岐阜城)を正面に望むことができます。つまり、道三は「引退」しながらも義龍の動向を監視できるポジションを確保したわけです。
標高68mの鷺山と標高329mの金華山は長良川を挟んで北西と南東に位置し、直線距離で約3km。天気がよければ山頂から岐阜城の天守がはっきり見えます。「隠居」という名目で実質的な監視拠点を構えるあたり、「美濃のマムシ」と呼ばれた道三らしい戦略眼といえるでしょう。カップルで訪れるなら、この「親子の緊張関係を地形で感じる」視点を共有すると、ただの城跡歩きが一気にドラマチックになります。
家督を譲った天文17年|父と子の確執が始まった日
道三が義龍に家督を譲った背景には、複雑な親子関係がありました。道三には義龍のほか、孫四郎・喜平次という息子がいましたが、道三はこの弟二人を偏愛したと伝わっています。義龍にとっては自身の地位を脅かされる不安が常につきまとい、両者の関係は次第に悪化していきました。
家督譲渡から鷺山城への隠居は、道三なりの「一歩引く」姿勢だったのかもしれません。しかし結果的には、稲葉山城の義龍と鷺山城の道三という二つの権力拠点が並立する形になり、美濃国内の緊張はむしろ高まったとされています。歴史好きの一人旅なら、稲葉山城(岐阜城)と鷺山城跡の両方を訪れて「父と子がにらみ合った距離感」を体感してみてください。
道三が鷺山城を選んだ理由は大きく3つあると考えられています。①稲葉山城を直接見渡せる監視ポジション、②長良川を天然の堀として利用できる防御力、③旧来の守護所という権威ある場所であること。「隠居」の裏に戦略家の顔が透けて見える選択です。
長良川の戦いで道三は討死|鷺山城が廃城になるまで
父子の対立は1556年(弘治2年)、ついに武力衝突へと発展します。義龍はまず道三が寵愛していた弟二人を暗殺し、続いて兵を挙げて道三を攻めました。これが「長良川の戦い」です。道三は織田信長に援軍を要請しましたが間に合わず、長良川のほとりで討死しました。享年は63歳とも73歳ともいわれています。
道三の死後、鷺山城はその役割を終え、廃城となりました。わずか8年ほどの道三の隠居期間でしたが、この間に濃姫の輿入れという歴史的な出来事もあり、鷺山城は戦国史に深い足跡を残しています。現在の静かな公園の姿からは想像しにくいですが、470年前にはここで国の運命を左右する駆け引きが行われていたのです。
濃姫はここから信長のもとへ嫁いだ?|「鷺山殿」の由来

天文18年2月24日、尾張へ旅立った政略結婚の裏側
1549年(天文18年)2月24日、道三の娘・濃姫(帰蝶)は鷺山城から尾張国の織田信長のもとへ嫁ぎました。この婚姻は道三と信長の父・織田信秀との間で結ばれた政略結婚で、美濃と尾張の同盟を固める目的がありました。濃姫が嫁いだ当時、信長はまだ「うつけ者」と呼ばれていた15歳の青年です。
鷺山城跡に立つと、濃姫がここから輿に乗って尾張へ向かった道のりを想像できます。鷺山から南東へ進み、長良川を渡り、各務原を抜けて尾張国境へ——その距離はおよそ40km。戦国時代の女性がどんな思いでこの城を後にしたのか、山頂の風に吹かれながら思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
「鷺山殿」「帰蝶」の呼び名から見える濃姫の人物像
濃姫には複数の呼び名があります。「濃姫」は美濃国出身の姫という意味で、「帰蝶」は幼名とされています。そしてもう一つの呼び名が「鷺山殿」。これは嫁ぎ先の織田家で、出発地の鷺山城にちなんで呼ばれたものです。当時、高貴な女性は出身地や居所で呼ばれることが一般的でした。
「鷺山殿」という呼び名が残っていること自体が、鷺山城が濃姫の人生にとって重要な場所だった証拠ともいえます。ドライブ旅で鷺山城跡を訪れた際、「この城の名前が濃姫の呼び名になった」と知っていると、何気ない城址碑の前で足が止まるはずです。濃姫のその後の生涯については諸説あり、信長との関係や晩年の動向は謎に包まれている部分も多いのが実情です。
実は「濃姫」「帰蝶」「鷺山殿」はすべて同一人物の呼び名です。大河ドラマ『麒麟がくる』(2020年放送)では「帰蝶」の名で登場し、川口春奈さんが演じたことで鷺山城跡への注目度が一気に高まりました。ドラマの聖地巡礼として訪れる方もいるので、歴史ファン同士の会話が弾むかもしれません。
大河ドラマでも話題に|歴史ファンが足を運ぶ理由
鷺山城跡は、2020年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』で斎藤道三と濃姫(帰蝶)が大きくフィーチャーされたことをきっかけに、歴史ファンの間で注目度が上がりました。ドラマでは道三の鷺山城隠居や濃姫の嫁入りが重要なエピソードとして描かれ、放送後に「聖地巡礼」として訪れる人が増えたといわれています。
岐阜城や関ケ原に比べると知名度は高くありませんが、むしろそこが魅力です。観光客で混み合うことはほとんどなく、静かな環境で歴史と向き合える贅沢があります。「有名観光地は人が多すぎて……」という方にこそおすすめしたいスポットです。ただし、現地には売店や自動販売機がないため、飲み物は事前に用意しておいてください。
山頂から岐阜城を望む絶景|鷺山 城跡の見どころ5つ
城址碑と土塁|山頂に残る往時の痕跡
鷺山の山頂には「鷺山城跡」の城址碑が建てられています。石碑の周囲には土塁の痕跡が残っており、かつての本丸の輪郭をうっすらとたどることができます。天守閣や石垣がある城跡と比べると地味に映るかもしれませんが、中世の山城は土と木で造られていたため、これが本来の「城跡」の姿です。
土塁の高さは場所によって1〜2m程度で、曲輪(くるわ)と呼ばれる平坦な区画も確認できます。城郭マニアにとっては縄張り(城の設計図)を推測しながら歩く楽しみがある場所です。家族連れの場合は「この土の壁が敵を防ぐお城の一部だったんだよ」と説明すると、子どもの歴史への興味を引き出せるかもしれません。
山頂からの眺望|岐阜城と長良川を一望できるポイント
鷺山城跡の最大の見どころは、山頂からの眺望です。南東方向に金華山の頂にそびえる岐阜城が見え、その手前を長良川が流れています。晴れた日には山頂の木々の間から岐阜城の天守がくっきりと確認でき、「道三はこの景色を毎日見ていたのか」という感慨が湧いてきます。
意外と知られていないのですが、鷺山城跡から見る岐阜城は、道三の視点そのものです。稲葉山城(岐阜城)を義龍に譲った道三が、鷺山の山頂から息子の城を見つめていた——その構図を実際に体験できる場所は、日本中探してもここだけです。写真撮影のベストポジションは、城址碑の南東側。午前中は順光で岐阜城がきれいに写ります。
麓の北野神社と道三慰霊碑|見落としがちな史跡
鷺山の東側の麓には北野神社が鎮座しています。鷺山城跡への東ルートの起点にもなっているこの神社には、境内に斎藤道三の慰霊碑が建てられています。山頂の城跡だけ見て帰ってしまう方も少なくありませんが、北野神社を見落とすのはもったいないです。
慰霊碑は境内の一角にひっそりと立っており、道三への敬意が感じられる場所です。神社自体も地域の氏神として長い歴史があり、鷺山城が現役だった時代から存在していた可能性があります。参拝してから山頂を目指すと、気持ちも引き締まります。一人旅で静かに手を合わせる時間は、旅の記憶に深く残るはずです。
季節ごとの表情|桜の春と紅葉の秋がおすすめ
鷺山公園は四季折々の自然も楽しめるスポットです。春には桜が咲き、山全体がピンク色に染まります。地元の方がお花見に訪れる穴場で、岐阜城を背景に桜を撮影できるロケーションは贅沢のひとこと。秋は紅葉が美しく、歴史散策と紅葉狩りを同時に楽しめます。
夏は木陰が涼しく早朝の散歩に向いていますが、虫よけスプレーは必須です。冬は落葉して見通しがよくなるため、遺構の地形がもっとも観察しやすい季節でもあります。城郭ファンにとっては冬がベストシーズンかもしれません。どの季節に訪れても所要時間は山頂往復で30〜40分程度なので、岐阜観光のスキマ時間に組み込みやすいのも利点です。
📝 鷺山城跡の見どころまとめ
- 城址碑と土塁・曲輪跡:中世山城の遺構を間近で観察
- 山頂からの眺望:岐阜城と長良川を「道三の視点」で一望
- 北野神社と道三慰霊碑:麓の見落としがちな史跡
- 桜と紅葉:春秋は自然とのコラボレーションが楽しめる
- 静かな環境:観光客が少なく歴史と向き合える穴場
登山ルートは東と北の2本|初心者でも歩ける散策コース
東ルート:北野神社側から山頂へ(所要約10分)
もっとも一般的な登山ルートは、東側の北野神社を起点とするコースです。北野神社の境内を抜けて山道に入ると、つづら折りの登山道が山頂まで続いています。距離は短く、ゆっくり歩いても10分程度で山頂に到着します。道中は木々に囲まれた自然豊かな環境で、ちょっとしたハイキング気分を味わえます。
東ルートの利点は、北野神社で道三慰霊碑に参拝してから登れること。歴史を感じながら城跡を目指す「正統派」のルートといえます。階段状に整備されている区間もありますが、一部は未舗装の土道のため、雨上がりは滑りやすくなります。スニーカー以上の歩きやすい靴を推奨します。サンダルやヒールは避けてください。
北ルート:鷺山小学校側からの静かな登り道
もう一つのルートは、山の北側にある鷺山小学校の正門付近から登るコースです。東ルートに比べて利用者が少なく、より静かな山歩きが楽しめます。こちらも所要時間は10〜15分程度で、特別な装備は不要です。
北ルートは地元の散歩コースとして使われていることが多く、観光向けの案内看板は少なめです。初めて訪れる場合は東ルート(北野神社側)のほうが迷いにくいでしょう。ドライブ旅で駐車場から最短距離で山頂を目指したい場合は、鷺山公園駐車場に車を停めて東ルートを選ぶのが効率的です。
足元の装備と持ち物|トイレがないので要注意
鷺山城跡を訪れる際に注意したいのが、山頂および登山道にトイレがない点です。麓の鷺山公民館や近隣のコンビニで済ませてから登ることを強くおすすめします。過去には「山頂で30分ほどゆっくり過ごすつもりがトイレを我慢する羽目になった」という声もあり、小さな山だからと油断すると痛い目に遭います。
持ち物としては、飲み物(自動販売機も山上にはありません)、虫よけスプレー(夏場)、タオルがあれば十分です。登山道は整備されていますが、急な段差がある箇所もあるため、小さな子ども連れの場合は手をつないで歩いてください。所要時間は往復30〜40分と短いので、重装備は不要。気軽な散策スタイルで問題ありません。
鷺山城跡にはトイレ・売店・自動販売機がありません。飲み物とトイレは麓で準備を。また、雨上がりの登山道は滑りやすいため、スニーカー以上の靴で訪れてください。夏場は蚊が多いので虫よけ必須です。
駐車場選びで迷わない|住宅街を抜けるアクセス完全ガイド
鷺山公園駐車場(約50台・無料)が第一候補
鷺山城跡を車で訪れる場合、第一候補は鷺山公園駐車場です。収容台数は約50台で、駐車料金は無料。アスファルト舗装の広いスペースがあり、普通車であれば問題なく駐車できます。鷺山の南東側に位置しており、ここから東ルート(北野神社側)の登山口まで徒歩数分です。
ほかにも北野神社駐車場(神社参拝者向け・台数少なめ)や、鷺山公民館の駐車場も選択肢に入りますが、台数に余裕がある鷺山公園駐車場をまず目指すのが安心です。土日でも満車になることはほとんどなく、駐車場の心配はまず不要でしょう。
道幅が狭い住宅街を通るルートの注意点
鷺山公園駐車場にたどり着くまでには、道幅が狭い住宅街を通る必要があります。カーナビの案内通りに進むと、車1台がやっと通れるような生活道路に入ることがあるため、初めて訪れる方は少し戸惑うかもしれません。「本当にこの道で合っているのか?」と不安になりますが、そのまま進めば駐車場に到着します。
対向車とのすれ違いが難しい区間もあるため、大型車やワンボックスカーの方は特に慎重に運転してください。地元の方が日常的に使う道なので、歩行者や自転車にも注意が必要です。「ナビを見て来たのに住宅街で迷って20分ロスした」というのはよくある失敗パターン。事前にGoogleマップのストリートビューで道順を確認しておくと安心です。東海北陸自動車道の岐阜各務原ICからは約30分で到着します。
公共交通機関なら岐阜バス「鷺山玉川町」下車が便利
車を使わない場合は、JR岐阜駅から岐阜バスの市内ループ線に乗り、「鷺山玉川町」バス停で下車します。運賃は220円、バス停から鷺山城跡の登山口(北野神社側)まで徒歩約10分です。バスの本数は1時間に1〜2本程度のため、事前に時刻表を確認しておくことをおすすめします。
岐阜駅周辺にはレンタカーやレンタサイクルもあるため、複数のスポットを巡る予定がある方は車のほうが効率的です。鷺山城跡だけを目的にするならバスでも十分ですが、帰りのバスの時間を逃すと30分〜1時間待ちになる可能性があります。帰りの時刻は必ずメモしておいてください。
| 比較項目 | 車(岐阜各務原IC) | バス(JR岐阜駅発) |
|---|---|---|
| 所要時間 | 約30分 | バス+徒歩で約30分 |
| 料金 | 駐車場無料(高速代別途) | 片道220円 |
| 自由度 | ○ 周辺スポット巡りに便利 | △ バスの時刻に左右される |
| 注意点 | 住宅街の狭い道を通る | 本数が少ない(1〜2本/時間) |

| 住所 | 〒502-0851 岐阜県岐阜市鷺山150 |
| 営業時間 | 24時間(屋外史跡) |
| 料金 | 無料 |
| 駐車場 | 鷺山公園駐車場 約50台(無料) |
| 公式サイト | 岐阜県観光公式サイト |
道三塚・常在寺・岐阜城をセットで巡る戦国ドライブプラン
半日モデルコース|鷺山城跡→道三塚→常在寺→岐阜城
鷺山城跡だけで訪問を終えるのはもったいない。せっかくなら斎藤道三ゆかりのスポットをセットで巡る半日ドライブコースを組んでみてください。おすすめの順番は「鷺山城跡(約40分)→ 道三塚(約15分)→ 常在寺(約30分)→ 岐阜城(約90分)」。全体で約3〜4時間の行程です。
この順番で回ると、道三の隠居→討死→供養→息子が守った城という時系列に沿って歴史を追体験できます。移動はすべて車で10〜15分圏内に収まるため、ドライブ旅にも組み込みやすいルートです。カップルなら岐阜城の展望台で夕景を見て締めくくるのもロマンチック。家族連れなら岐阜城のロープウェーが子どもに人気です。
道三塚は車で10分|戦国の梟雄が眠る小さな公園
鷺山城跡から車で南へ約10分、岐阜市道三町に「道三塚」があります。長良川の戦いで討ち取られた道三の遺体を弔うために造られた塚で、現在は小さな公園として整備されています。入場無料で、石碑と案内板が設置されたコンパクトなスポットです。
道三塚は住宅街の中にあり、うっかりすると通り過ぎてしまうほど控えめな場所です。「あの戦国の梟雄がここに眠っているのか」という意外性が印象に残ります。滞在時間は10〜15分あれば十分。駐車スペースは限られているため、路上駐車にならないよう注意してください。
常在寺で道三の肖像画(重要文化財)を拝観する
常在寺は岐阜市梶川町にある日蓮宗の寺院で、斎藤道三の菩提寺です。境内には道三と義龍の位牌が祀られており、道三の肖像画(重要文化財)も所蔵されています。拝観料は150円程度で、開門時間は9:00〜17:00です(詳細は公式サイトで要確認)。
鷺山城跡で道三の隠居生活に思いを馳せ、道三塚で最期を偲び、常在寺で肖像画と対面する——この流れで巡ると、道三という人物像が立体的に浮かび上がってきます。常在寺は岐阜市中心部にあるためアクセスもよく、周辺には飲食店も多いのでランチ休憩を挟むのにも便利です。

岐阜城まで足を延ばせば充実の1日コースに
ドライブコースの締めくくりは、金華山の山頂にそびえる岐阜城です。鷺山城跡から車で約15分で金華山ロープウェー乗り場に到着します。岐阜城の入場料は大人200円で、天守閣からは岐阜市街を360度見渡す大パノラマが広がります。
鷺山城跡から見上げていた岐阜城に実際に登ると、「道三はあそこから見られていたのか」と義龍の視点を体験できるのが面白い。往復のロープウェー代と城内の散策を含めて約90分が目安です。季節によって閉城時間が変わるため、午後の遅い時間に訪れる場合は岐阜市公式サイトで営業時間を確認してから出かけてください。

まとめ|鷺山城跡は岐阜の戦国史を肌で感じられる穴場スポット
鷺山城跡は、標高68mの小さな山に約370年の歴史が凝縮された場所です。斎藤道三が最期の日々を過ごした隠居城であり、濃姫が織田信長のもとへ旅立った出発点でもある——そんなドラマチックな歴史を持ちながら、観光客で混み合うことのない静かなスポットです。山頂から岐阜城を望む眺望は、道三の視点そのものを追体験できる唯一無二の価値があります。
岐阜城や関ケ原といった有名観光地に比べると知名度は控えめですが、だからこそ歴史と静かに向き合える贅沢がここにはあります。道三塚・常在寺・岐阜城とセットで巡れば、戦国時代の美濃を丸ごと体感できる充実の半日コースが完成します。
📝 この記事のポイントまとめ
- 鷺山城跡は岐阜県岐阜市鷺山150に位置する、入場無料・24時間訪問可能な屋外史跡
- 鎌倉時代の築城から戦国時代の廃城まで約370年の歴史を持つ
- 斎藤道三の隠居城であり、濃姫(鷺山殿)が信長に嫁いだ場所
- 山頂から岐阜城と長良川を望む眺望が最大の見どころ
- 登山ルートは東(北野神社側)と北(鷺山小学校側)の2本、往復30〜40分
- 駐車場は鷺山公園駐車場(約50台・無料)が第一候補
- 道三塚→常在寺→岐阜城とセットで巡る半日ドライブコースがおすすめ
まずは鷺山公園駐車場をGoogleマップで検索して、次の岐阜旅の計画に組み込んでみてください。標高68mの小さな山が、戦国時代への入り口になるはずです。
※記事内の料金・営業時間等は2026年6月時点の情報です。最新情報は各施設の公式サイトでご確認ください。

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