「清流中学校 岐阜」で検索して、正式な学校名や場所がはっきりつかめずに戻ってきた方は多いはずです。地図アプリに「清流中学校」と打ち込んでも群馬県や和歌山県の学校が先に出てきたり、似た名前の県立学校が混ざったりして、肝心の岐阜の学校にたどり着けない。実はこれ、検索の仕方が悪いのではなく、名前そのものが少しややこしいことが原因です。
結論から言うと、岐阜で「清流中学校」と呼ばれている学校の正式名称は岐阜市立岐阜清流中学校。長良川の北岸、岐阜市早田(そうでん)にある公立中学校で、2012年に開校した比較的新しい学校です。頭に「岐阜」がもう一つ付くので、検索窓に「清流中学校」だけを入れると弾かれてしまうわけですね。
この記事では、住所や電話番号といった基本情報はもちろん、校名の「清流」がどこから来たのか、通学区域はどの小学校区なのか、バスと車それぞれのアクセス、そして周辺エリアの意外な楽しみ方まで、岐阜を歩き慣れた案内人の目線でまとめます。全国に3校ある同名校の見分け方や、岐阜県内にあるもう一つの「清流」を冠した学校との違いも整理しました。引っ越しで学区を調べている方、周辺を散策してみたい方、どちらにも使える内容にしています。
・岐阜の「清流中学校」の正式名称・住所・電話番号・生徒数
・校名と校章に込められた「清流」と若鮎の意味
・通学区域(早田小学校区・則武小学校区)とアクセス方法
・全国3校の同名校と、県立岐阜清流高等特別支援学校との違い
岐阜の清流中学校は正式には「岐阜清流中学校」|まず押さえたい基本情報

検索でつまずく最大の理由は、通称と正式名称のズレにあります。地元では「清流中」と略して呼ばれますが、書類や公式サイトでの表記は「岐阜市立岐阜清流中学校」。設置者としての「岐阜市立」と、校名の一部としての「岐阜」が二重に付く形です。まずはこの学校の輪郭を、公式サイトと岐阜県教育委員会の公開データから押さえていきましょう。
正式名称に「岐阜」が二重で入る理由|検索でヒットしない人はここでつまずく
正式名称は岐阜市立岐阜清流中学校です。設置者を表す「岐阜市立」の後に、校名そのものである「岐阜清流中学校」が続きます。同じパターンは岐阜市立岐阜中央中学校にも見られ、2012年の再編で生まれた学校に共通する命名の作法です。検索するときは「岐阜清流中学校」とつなげて入力するか、「清流中学校 岐阜市 早田」のように地名を足すと一発でたどり着けます。
この違いを知らずに「清流中学校」だけで検索すると、群馬県桐生市や和歌山県印南町の同名校が上位に来ることがあります。転勤や進学の書類に学校名を書く場面では、略称の「清流中」ではなく正式名称を使うのが無難です。学校からの配布物やメールでも「岐阜清流中学校」と表記されているので、迷ったら公式サイトの表記に合わせてください。
| 住所 | 〒502-0842 岐阜県岐阜市早田1901番地18 |
| 電話番号 | 058-231-6248 |
| FAX | 058-231-6249 |
| 設置者・開校 | 岐阜市/2012年4月1日開校 |
| 通学区域 | 早田小学校区・則武小学校区 |
| アクセス | 岐阜バス「北高前」バス停より徒歩5分 |
| 公式サイト | 岐阜市立岐阜清流中学校 公式サイト |
場所は長良川の北岸・早田|地図で見ると「川と橋と学校」の三点セット
所在地は岐阜県岐阜市早田1901番地18。長良川の北岸に広がる住宅地の中にあり、南へ歩けば忠節橋、東には岐阜県立岐阜北高等学校と岐阜県立岐阜商業高等学校が並ぶという立地です。岐阜市の中心市街地からは長良川を1本渡った先、金華山と岐阜城を背に振り返る位置関係と言えばイメージしやすいでしょうか。
早田という地名は「そうでん」と読みます。初見で「はやた」と読んでしまう人が多く、カーナビの音声入力でも引っかかりやすい難読地名です。周辺は学園町、日光町、則武と続く落ち着いた住宅地で、大型の観光施設はありません。そのぶん夕方の通学時間帯は自転車の往来が多く、車で通るときは速度を落とす配慮がほしいエリアです。初めて訪れるなら、目印は「北高前」交差点周辺と覚えておくと迷いません。
生徒数は494人|令和7年度の学年別データで見る学校の規模感
岐阜県教育委員会が公開している令和7年度の学校一覧によると、岐阜清流中学校の生徒数は494人。内訳は1年生162人、2年生156人、3年生176人で、うち特別支援学級に26人が在籍しています。各学年150人を超える規模で、岐阜市内の公立中学校としては中規模から大きめの部類に入ります。
前年の令和6年度は473人(1年156人・2年177人・3年140人、うち特別支援18人)でしたから、1年で21人増えている計算です。少子化で生徒数が減る学校が多いなか、増加に転じているのはこのエリアに子育て世帯の流入があることの表れとも読めます。学区内の住宅を検討している方にとっては、当面のあいだ小規模校化による統廃合の心配が薄い、という判断材料になるでしょう。学年ごとの人数は年度で変動するため、最新の数字は岐阜県公式サイトの児童生徒数一覧で確認するのが確実です。
校訓は「志 高く」|教育目標の10文字に込められた学校の姿勢
校訓は「志 高く」、学校教育目標は「聴き合い 学び合い 共に未来創造」です。この教育目標は2017年4月に現在のものへ変更されたもので、その前年の2016年4月から「学びの共同体」の理念にもとづく授業改善に取り組んできた流れの上にあります。教師が一方的に教えるのではなく、生徒同士が聴き合い学び合う授業設計を軸に据えている、という宣言です。
公式サイトのお知らせを見ると、文化委員会が主導する学級合唱、生徒会主体の「いじめゼロ宣言」、情報モラル教室、地域の防災訓練への生徒ボランティア参加など、生徒が主語になる活動が並びます。学校選びで雰囲気を知りたい保護者にとっては、こうした日々の更新が実質的な判断材料になります。ただし公式サイトの更新頻度は行事のタイミングに左右されるため、進学前の学校説明会や個別懇談の機会に直接たずねるほうが確実です。
校名の「清流」はどこから来た?|校章に泳ぐ2匹の若鮎が答えだった
「清流」という言葉は岐阜県のあちこちで使われますが、この学校の場合は明確な意味が込められています。校章のデザインを読み解くと、長良川という土地の記憶がそのまま図案化されていることがわかります。ここは学区の子どもたちが入学時に必ず教わる話でもあり、地元の文脈を知るうえで面白い部分です。
校章の「S」は遡上する2匹の若鮎|公募デザインの読み方
校章は公募で選ばれた鵜飼洋行氏のデザインです。学校の公式サイトによると、図案の「中」の文字は川のせせらぎと水の波紋を表現し、中央に配された「S」は遡上する2匹の若鮎を象徴しています。Seiryu の頭文字であると同時に、川を上る鮎の姿でもある、という二重の意味を持たせた構成です。
2匹という数にも意味があります。この学校は早田小学校区と則武小学校区、2つの小学校区から生徒が集まって成り立つ学校です。異なる流れから来た2匹が同じ川を上っていく、という読み方をすれば、統合で生まれた学校の成り立ちがそのまま校章になっているとわかります。校章バッジや制服の刺繍を見る機会があれば、ぜひこの視点で眺めてみてください。デザインの意図を知っているだけで、見え方がまったく変わります。
校歌を作曲したのは南こうせつ|「神田川」の作り手が手がけた一曲
意外と知られていないのが、校歌の作曲者です。岐阜清流中学校の校歌は、シンガーソングライターの南こうせつ氏が作曲しています。「神田川」「妹」などで知られるかぐや姫のメンバーが、岐阜市の公立中学校の校歌を手がけているわけです。開校が2012年という新しい学校だからこそ実現した人選と言えます。
公立中学校の校歌は地元の作曲家や音楽教員が担当するケースが一般的で、全国区の音楽家が手がける例はそう多くありません。卒業式や体育大会で歌われる曲がプロの手によるものだと知れば、在校生も少し誇らしい気持ちになるはずです。ただし校歌の音源や楽譜は学校が管理するもので、一般に公開されているわけではありません。聴く機会があるとすれば、学校公開日や地域の行事に足を運んだときになります。
📜 歴史メモ|開校した2012年は「ぎふ清流国体」の年だった
岐阜清流中学校が開校した2012年は、岐阜県で第67回国民体育大会「ぎふ清流国体」が開かれた年でもあります。同年には第12回全国障害者スポーツ大会「ぎふ清流大会」も開催され、県内は「清流」一色でした。マスコットの「ミナモ」はキラキラ輝く川の水面(みなも)が名前の由来で、2008年6月13日にお披露目されています。校名との直接の関係を示す公式資料はありませんが、県全体が「清流の国ぎふ」を打ち出していた時期に生まれた校名であることは、背景として知っておくと腑に落ちます。
清流長良川の鮎は世界農業遺産|校章の若鮎に裏づけを与える事実
校章の若鮎は単なる意匠ではありません。学校の目の前を流れる長良川は、2015年12月15日にFAO(国際連合食糧農業機関)から世界農業遺産に認定された「清流長良川の鮎~里川における人と鮎のつながり~」の舞台そのものです。認定されたのは魚そのものではなく、人の暮らし・水環境・漁業資源が結びついた「長良川システム」という仕組みでした。
長良川は郡上市の大日ヶ岳に源を発し、全長166キロメートルを流れて伊勢湾に注ぎます。流域では100年後を見据えて源流域に広葉樹を植え、毎年鮎の稚魚を放流するといった取り組みが続けられてきました。詳細は世界農業遺産「清流長良川の鮎」公式サイトや岐阜県の解説ページで読めます。学校の名前も校章も、この土地が守ってきたものの延長線上にあると考えると、ぐっと立体的に見えてきます。

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「清流の国ぎふ」という県のブランド|岐阜で「清流」がつく名前が多い理由
岐阜県は「清流の国ぎふ」を県全体のブランドとして掲げています。長良川・木曽川・揖斐川という木曽三川に加え、県内には数多くの清流が流れ、その水が農業・漁業・和紙・酒造といった産業を支えてきました。だからこそ公共施設や学校、イベント名に「清流」が付く例が非常に多いのです。
この記事で扱う岐阜清流中学校のほか、県立岐阜清流高等特別支援学校、ぎふ清流国体・ぎふ清流大会、清流長良川の鮎など、名前だけを聞くと同じ組織に見えてしまうものが並びます。岐阜に土地勘のない人が検索で混乱するのは、むしろ当然と言えるでしょう。逆に言えば、岐阜で「清流」という言葉に出会ったら、その裏には必ず川があると思って間違いありません。
2012年に生まれた新設校|3つの校区が動いた再編の全体像

岐阜清流中学校を理解するうえで避けて通れないのが、2012年の中学校再編です。この学校は既存校の名前が変わったのではなく、複数の校区が組み替えられて誕生した新設校でした。ここを押さえておくと、「校舎は古いのに開校は新しい」という一見矛盾した状況の意味がわかります。
校舎は旧・明郷中学校のもの|「後継校ではない」という微妙な立場
岐阜清流中学校が使っている敷地と校舎は、2012年3月31日に廃校となった岐阜市立明郷中学校のものです。ただし公式には明郷中学校の後継校ではありません。校区が引き継がれていないためで、明郷中学校の校区はもう一つの新設校である岐阜市立岐阜中央中学校が受け持つことになりました。
つまり「建物は明郷中、校区は伊奈波中と島中の一部」という組み合わせです。同窓会や周年行事の扱いも別系統になるため、卒業生が母校を訪ねる際は注意が必要です。校舎そのものは開校時点ですでに使われてきたものなので、2012年開校という数字から新築校舎を想像すると実物とのギャップを感じるかもしれません。なお2019年9月にはグラウンドの一部が削減されており、敷地の形も開校当時とは変わっています。
同じ日に岐阜中央中学校も誕生|2校同時開校という珍しいケース
2012年4月1日には、岐阜清流中学校と岐阜中央中学校の2校が同時に開校しました。前日の3月31日には明郷中学校と伊奈波中学校が廃校になっており、2校が消えて2校が生まれるという大がかりな組み替えです。岐阜市が小学校区の区割りを見直したことに連動した再編でした。
岐阜清流中学校の校区は伊奈波中学校の校区の一部と島中学校の校区の一部を合わせたもの、岐阜中央中学校の校区は明郷中学校の校区と伊奈波中学校の校区の一部という構成になっています。当時この地域に住んでいた家庭では、兄が旧校、弟が新校という状況も起きました。地域の年配の方と話すとき「明郷中」「伊奈波中」という名前が出てくるのはこのためで、現在の学校名しか知らないと会話がかみ合わないことがあります。
ピーク時1800人が250人へ|再編を決めた数字の重み
再編の背景にあったのは生徒数の急減です。明郷中学校の生徒数は昭和38年の約1800名をピークに減り続け、末期には約250名程度まで落ち込んでいました。中心市街地の人口が郊外へ流出する、地方都市に共通の現象です。1学年80人前後という規模では、部活動の種類も選択できる教科の幅も限られてしまいます。
再編後の岐阜清流中学校が令和7年度に494人まで回復していることを考えると、この判断は生徒の学習環境という点では機能したと言えるでしょう。一方で、地域の拠り所だった学校が消えることへの喪失感は数字には表れません。統廃合の議論では効率だけでなく、こうした地域感情も含めて語られるべきだという声が地元には根強くあります。
卒業生や地元関係者が古い名簿・住所録に載っている「岐阜市立明郷中学校」でカーナビ検索し、目的地が見つからず立ち往生するケースがあります。明郷中学校は2012年3月末で廃校になっており、施設名としてはすでに存在しません。
対策:目的地は「岐阜市立岐阜清流中学校」または住所「岐阜市早田1901番地18」で入力してください。逆に、明郷中の校区を引き継いだのは岐阜中央中学校なので、同窓会名簿の管理や校区にかかわる用件ならそちらが該当することもあります。建物と校区で行き先が変わる、という点が混乱の元です。
学区はどこ?|早田小・則武小の2校区が進む通学区域を整理
引っ越し先を探している家庭にとって、通学区域は物件選びの前提条件になります。岐阜清流中学校の通学区域はシンプルで、覚えてしまえば迷うことはありません。ここでは進学元となる小学校と、確認するときの注意点をまとめます。
通学区域は早田小学校区と則武小学校区の2つだけ
岐阜清流中学校の通学区域は、岐阜市立早田小学校の通学区域と岐阜市立則武小学校の通学区域に該当する地域です。この2つの小学校を卒業した子どもたちが、そのまま岐阜清流中学校へ進むという構図になります。校章の「2匹の若鮎」が示すのも、この2つの流れです。
中学校の学区が小学校2校ぶんというのは、岐阜市内では標準的な規模感です。小学校から中学校へ上がるときに人間関係が大きく入れ替わりすぎず、かといって6年間まったく同じ顔ぶれというほど閉じてもいない、ちょうど中間のバランスと言えます。中学入学時に友人関係の再構築を心配する保護者にとっては、この規模はむしろ扱いやすいはずです。
学区は「住所」で決まる|物件情報の「〇〇中学校区」を鵜呑みにしない
不動産サイトの物件情報には「岐阜清流中学校区」と書かれていることがありますが、これはあくまで参考表示です。通学区域は岐阜市が住所単位で定めており、同じ町名でも丁目や番地によって境界が分かれることがあります。特に学区の縁にあたるエリアでは、道路1本を挟んで進学先が変わるケースも珍しくありません。
確実な確認方法は、岐阜市の教育委員会に住所を伝えて照会することです。契約前の内見段階で、候補物件の正確な住所を控えて問い合わせておけば、入学直前に想定外の学校を指定される事態を避けられます。マンションやアパートの場合は号室ではなく建物の住所で判定されるので、同じ建物なら全戸同じ学区になります。
周辺の住環境|学園町・日光町・則武という落ち着いた住宅地
学区に含まれるのは学園町、日光町、早田、則武といった住宅中心のエリアです。長良川の北岸で、県道早田大通りや忠節橋通り(国道157号)といった幹線道路が通り、生活の便は確保されています。大型商業施設が林立するような賑やかさはなく、静かに暮らしたい家庭に向いた環境です。
注意しておきたいのは、長良川に近い立地ゆえの水害リスクです。岐阜市が公開しているハザードマップで、候補物件の浸水想定区域と避難所を必ず確認してください。学校自体が地域の防災拠点として機能する場面もあり、公式サイトでは生徒が地域の防災訓練にボランティア参加した記録が紹介されています。学区選びは通学距離だけでなく、災害時の動線までセットで考えたいところです。
情報の確認先は公式サイトと岐阜市教育委員会|口コミサイトの数字は要注意
学校情報をまとめた民間サイトは数多くありますが、生徒数や学区の記載が更新されていないことがあります。生徒数のように毎年変わる数字は、岐阜県が公開している学校一覧が一次情報です。行事予定や連絡事項は学校公式サイト、学区や就学手続きは岐阜市教育委員会が窓口になります。
口コミサイトの評価は個人の主観であり、投稿時期によって学校の状況が変わっていることも珍しくありません。特に部活動の種類や指導体制は教員の異動で変化しますから、数年前の投稿を根拠に判断するのは危険です。気になる点があれば学校説明会で直接たずねるのが、遠回りに見えて最短の方法です。
アクセスと駐車場|「北高前」バス停から徒歩5分の立地を歩く
学校説明会や部活動の大会、地域行事などで初めて訪れる方のために、バスと車それぞれのアクセスを整理します。飛騨方面と違って公共交通が使える立地ですが、時間帯によっては車のほうが確実な場面もあります。
岐阜バス「北高前」下車徒歩5分|市内均一区間なら230円
公共交通で行くなら、岐阜バスの「北高前」バス停が最寄りです。ここから徒歩約5分。JR岐阜駅・名鉄岐阜駅からは岐阜バスのC70・C71・C72系統(快速便を含む)で到達でき、複数路線が通るため本数は比較的確保されています。岐阜市内の均一運賃区間は230円(2025年4月1日現在)で、駅から片道ワンコイン以下の感覚です。
バス停名が示すとおり、この停留所は岐阜北高校の前にあります。中学校はそこから少し歩く形になるので、降車後は忠節橋通りではなく住宅地側へ入る点だけ覚えておいてください。朝夕は通学の高校生と重なって混み合うため、時間に余裕を持つのが賢明です。最新の時刻と運賃は岐阜バス公式サイトの路線バス案内で確認できます。
車なら忠節橋通り(国道157号)が動線|岐阜市街から橋を1本渡る
車の場合、岐阜市の中心市街地からは国道157号「忠節橋通り」で長良川を渡るのが基本ルートです。忠節橋を北へ渡り切って県道早田大通り方面へ進むと、岐阜北高校・岐阜商業高校が並ぶエリアに入ります。名神高速の一宮ICや東海北陸道の岐阜各務原ICから岐阜市街を抜けてくる場合も、最終的にはこの橋を通ることになります。
飛騨方面から高山・下呂を経由して南下してくる場合は、国道41号で岐阜市街に入り、そこから忠節橋通りへ。長良川沿いを走る区間は信号が多く、市街地に入ってからの所要時間が読みにくいのが難点です。夕方の帰宅ラッシュ時は忠節橋の南詰が渋滞しやすいので、15時台までに通過するか、19時以降にずらすと流れがスムーズになります。

「岐阜市街から15分で登れて、しかも無料で夜景100選の絶景が見られる道がある」——そう聞いて気になっているなら、その答えが金華山ドライブウエイです。標高329…
「北高前」で降りると、西に岐阜県立岐阜北高等学校、その東隣に岐阜県立岐阜商業高等学校(県岐商)が続きます。岐阜北高校の正門は西側にあり、県道早田大通りに面しています。中学校・高校が半径わずかな範囲に固まっているため、平日の朝は自転車と徒歩の学生でこの一帯の道が埋まります。車で通り抜けるつもりなら、7時30分〜8時15分は避けたほうが無難です。
来校時の駐車は事前確認が必須|近隣施設への無断駐車はトラブルのもと
学校を訪れる用事がある場合、駐車スペースの有無は事前に学校へ電話で確認してください。公立中学校の敷地は基本的に来客用駐車場が十分に用意されていませんし、岐阜清流中学校は2019年9月にグラウンドの一部が削減されており、敷地に余裕があるとは言えません。個別懇談や説明会など人が集まる行事では、学校側から駐車方法の案内が出るのが通例です。
近くには岐阜市日光コミュニティセンターがあり72台分の駐車場を備えていますが、これはあくまで同センターの利用者用です。学校の用事で無断駐車するのはマナー違反であり、施設運営にも迷惑がかかります。周辺は生活道路が細く、路上駐車をすると通学中の生徒と車両がすれ違えなくなる場面も出てきます。用件があるときは必ず事前連絡を、というのが結論です。
中体連の地区大会や練習試合の応援で保護者の車が集中し、周辺の生活道路に路上駐車が並んでしまう——これは全国の中学校で起きているトラブルです。早田・則武周辺は道幅の狭い住宅地で、通学時間帯と重なると生徒の安全に直結します。
対策:会場が学校の場合は、事前に学校または保護者会へ駐車方法を確認し、案内がなければ乗り合わせるか公共交通を使ってください。「北高前」バス停から徒歩5分という立地は、バスで来ても十分成立する距離です。
校内への立ち入りは不可|見学は外周の公道からにとどめる
公立中学校は、用事のない部外者が敷地に入ることはできません。近年はどの学校でも安全管理が厳格になっており、来校者は受付で用件を伝えるのが原則です。校舎や校章を外から眺めたい場合は、公道から見る範囲にとどめてください。フェンス越しに授業や部活動の様子を撮影するのも、生徒のプライバシーの観点から避けるべき行為です。
卒業生が母校を訪ねたい場合も、事前に学校へ電話で相談するのが筋です。前述のとおり、この校舎はもともと明郷中学校のものなので、明郷中の卒業生にとっては「建物だけが母校」という複雑な立場になります。それでも施設の管理者は現在の岐阜清流中学校ですから、連絡先は058-231-6248になります。学校は生徒が日常を過ごす場所であり、観光施設ではないという前提を忘れずに。
実は文教地区のど真ん中|半径500mに高校2校が並ぶ学校密集エリア
ここからは、観光ガイドにはまず載らないこの一帯の見方を紹介します。実は岐阜清流中学校の周辺は、岐阜市でも屈指の「学校が固まったエリア」です。歴史ある橋と川の景色も加わって、地元の人が思っているより歩き甲斐のある場所になっています。
隣接する岐阜北高校と県岐商|歩いて数分の距離に並ぶ2つの県立校
岐阜清流中学校のすぐ近くには、岐阜県立岐阜北高等学校と岐阜県立岐阜商業高等学校が東西に並んで建っています。岐阜北高校は前身の長良実科女学校が1930年(昭和5年)に設立され、1956年に現在の校名へ改称された歴史ある学校です。その東に隣接するのが、通称「県岐商」で知られる岐阜商業高校になります。
中学校と高校が徒歩圏内に集まっているため、地元の子どもたちにとっては進学後の生活が具体的にイメージしやすい環境です。地域行事で高校生と中学生が顔を合わせる機会もあり、学校同士の距離の近さがそのまま世代のつながりになっています。もちろん部外者が校内に立ち入ることはできませんので、見学は外周の道路からにとどめてください。
| 住所 | 〒502-0931 岐阜県岐阜市則武清水1841-11 |
| 沿革 | 前身の長良実科女学校が1930年設立、1956年に現校名へ改称 |
| アクセス | 岐阜バス「北高前」下車すぐ/正門は西側・県道早田大通りに面する |
| 住所 | 〒502-0931 岐阜県岐阜市則武新屋敷1816-6 |
| 電話番号 | 058-231-6161 |
| 位置関係 | 岐阜北高校の東に隣接 |
| 公式サイト | 岐阜県立岐阜商業高等学校 公式サイト |
地域の拠点は日光コミュニティセンター|400人ホールと駐車72台
学区の生活拠点になっているのが、岐阜市日光コミュニティセンターです。島・早田・則武・城西の4地域を対象とする施設で、2階には400人収容の大集会室(ホール)のほか、会議室20人、サークル室60人、和室の集会室50人、教養娯楽室30人といった部屋が揃います。1階には12人規模の多目的室もあり、地域の会合から習い事まで幅広く使われています。
開館は午前9時から午後9時まで、休館日は月曜日(祝日の場合は翌平日)と年末年始12月29日〜1月3日。駐車場は72台分あり、車で来ても停められる規模です。岐阜市役所日光事務所と岐阜市日光児童センターが併設されているため、転入手続きと子どもの居場所探しを1か所で済ませられるのも、引っ越してきた家庭にはありがたいポイントです。
| 住所 | 岐阜県岐阜市日光町9丁目1番地3 |
| 電話番号 | 058-233-7333 |
| 開館時間 | 午前9時〜午後9時 |
| 休館日 | 月曜日(祝日の場合は翌平日)、12月29日〜1月3日 |
| 駐車場 | あり(72台) |
| 公式情報 | 岐阜市公式ホームページ 施設案内 |
忠節橋は土木学会選奨土木遺産|戦後復興が形になった266mのアーチ
意外と知られていないのですが、学校から南へ歩いた先に架かる忠節橋は、れっきとした土木遺産です。現在の橋は4代目で、1948年(昭和23年)7月31日に完成し、翌8月1日に開通しました。全長266.06メートル、幅員17.60メートル、構造は6径間連続鋼バランスドブレースドタイドアーチ橋という、日本でも数の少ない形式です。2019年には土木学会から選奨土木遺産に認定されています。
橋の歴史は1884年の木製有料橋(初代)に始まり、1898年の木製桁橋、1912年の木鉄混合プラットトラス橋(この代で無料化)と続きました。「忠節」という名は、架橋地点が戦国時代の「忠節の渡し」だったことに由来します。渡し舟から木橋、そして戦後復興の象徴となった鋼アーチへ——1本の橋の変遷が、そのまま岐阜市の近代史になっているわけです。歩道を歩いて渡れるので、アーチの鋼材を下から見上げてみてください。認定の詳細は土木学会 選奨土木遺産のページで読めます。

「岐阜市に日帰りで行くなら、どこをどう回れば1日でちょうどよく楽しめるんだろう?」——そんな疑問を持って検索された方が多いはずです。飛騨高山や白川郷ほど名前は知…
📝 立場別・清流中学校周辺エリアの歩き方
- ドライブ旅の人:忠節橋通り(国道157号)で長良川を渡り、そのまま北上して長良川右岸のドライブへ。橋の南詰から金華山と岐阜城を振り返る構図が絵になります
- 家族連れ:日光コミュニティセンター併設の岐阜市日光児童センターが室内の遊び場に。雨の日でも子どもを遊ばせられ、駐車場72台なので車でも安心です
- カップル:夕暮れどきの忠節橋を歩いて渡るコースがおすすめ。日が落ちると長良川の水面に対岸の灯りが伸び、構えた観光地にはない静かな時間が流れます
- 一人旅・建築好き:土木遺産のアーチ構造をじっくり観察。6径間連続という構成は歩きながらリズムが読み取れるので、橋の途中で立ち止まってみてください
季節ごとの表情|長良川の水位と桜、そして冬の川風
周辺を歩くなら季節も選びたいところです。春は長良川の堤防沿いに桜が咲き、忠節橋を渡る道すがら川面と花を同時に楽しめます。夏は長良川の鵜飼シーズンで、下流の中心市街地側が賑わう時期。この一帯は喧騒から少し離れているぶん、静かに川を眺められます。
注意したいのは冬です。岐阜市は飛騨ほど雪は降りませんが、長良川を渡る風は真冬にはかなり冷え込みます。忠節橋の歩道は遮るものがなく、体感温度が一段下がります。冬に橋を歩いて渡るなら、防風性のある上着を1枚足しておくと快適さがまるで違います。また梅雨から台風シーズンにかけては長良川の水位が上がるため、増水時は河川敷に立ち入らないでください。
「清流中学校」は全国に3校|岐阜・群馬・和歌山を取り違えないために
冒頭で触れたとおり、「清流中学校」という校名は岐阜だけのものではありません。公立中学校としては全国に3校あり、いずれも複数校の統合で生まれた学校です。ここで一気に整理して、検索の混乱を終わらせておきましょう。
群馬県桐生市立清流中学校|3校統合で2009年に誕生
群馬県桐生市の清流中学校は、2009年4月に桐生市立東中学校・北中学校・菱中学校の3校が統合して開校しました。所在地は〒376-0034 群馬県桐生市東3-7-1です。岐阜清流中学校より3年早く生まれた学校で、「清流」の名は渡良瀬川をはじめとする桐生の水に由来します。
3校統合という規模のため、開校時から生徒数の多い学校としてスタートしました。「清流中学校」だけで検索した際に上位に出てきやすいのはこの学校で、岐阜の学校を探しているのにたどり着けない原因のひとつになっています。桐生市の場合は「桐生市立清流中学校」または「清流中 桐生」で検索すれば確実です。
和歌山県印南町立清流中学校|1999年に2校が統合した最古参
3校のなかで最も歴史があるのが、和歌山県日高郡印南町の清流中学校です。平成11年(1999年)4月に真妻中学校と切目川中学校が統合して誕生しました。所在地は〒649-1522 和歌山県日高郡印南町古井5。切目川という川の名が示すとおり、こちらも清流にちなんだ校名です。
興味深いのは、3校とも統合・再編を機に「清流」という名前が選ばれている点です。旧校名のどれかを残すと不公平感が出るため、地域に共通する自然を新校名にするというのは、統合校の命名でよく採られる方法です。「清流」はその代表格と言えます。印南町公式サイトの学校紹介で概要が確認できます。
岐阜県内にはもう一つ「清流」を冠する県立校がある
岐阜県内で混同されやすいのが、岐阜県立岐阜清流高等特別支援学校です。名前が似ていますが別の学校で、設置者は岐阜県(岐阜清流中学校は岐阜市)、所在地も岐阜市芥見南山と市の東部にあり、早田とはまったく違うエリアになります。2017年4月に岐阜県内初の高等特別支援学校として開校しました。
高等部単独の学校で、職業教育に特化しているのが最大の特徴です。工業コース、園芸コース、ビジネス情報コースが設けられ、社会に貢献できる生徒の育成を掲げています。岐阜県が2006年3月に策定した「子どもかがやきプラン」にもとづいて整備された学校で、県の特別支援教育の方針が形になったものです。「清流」の2文字は同じでも、成り立ちも役割もまるで違う、と覚えておいてください。
| 住所 | 〒501-3133 岐阜県岐阜市芥見南山3-11-1 |
| 電話番号 | 058-243-0710 |
| FAX | 058-243-0711 |
| 開校 | 2017年(平成29年)4月1日/岐阜県内初の高等特別支援学校 |
| コース | 工業コース・園芸コース・ビジネス情報コース |
| 公式サイト | 岐阜県立岐阜清流高等特別支援学校 公式サイト |
4校を一覧で比較|検索で迷わないための早見表
名前が似た4校を、設置者・所在地・開校年で並べてみます。目的の学校がどれかを判別する早見表として使ってください。
| 学校名 | 所在地 | 設置者 | 開校年 |
|---|---|---|---|
| 岐阜市立岐阜清流中学校 | 岐阜県岐阜市早田 | 岐阜市 | 2012年 |
| 桐生市立清流中学校 | 群馬県桐生市東 | 桐生市 | 2009年 |
| 印南町立清流中学校 | 和歌山県日高郡印南町古井 | 印南町 | 1999年 |
| 岐阜県立岐阜清流高等特別支援学校 | 岐阜県岐阜市芥見南山 | 岐阜県 | 2017年 |
※各校の公式サイト・自治体公開情報をもとにぎふ旅手帖が整理(2026年7月時点)。岐阜の学校を探しているなら、検索語は「岐阜清流中学校 早田」が最短です。
まとめ|正式名称と学区を押さえれば、早田エリアの歩き方まで見えてくる
「清流中学校 岐阜」という検索でたどり着きにくかった理由は、正式名称に「岐阜」が二重で入ること、そして全国に同名校が3校あることの2点でした。岐阜市立岐阜清流中学校は2012年、明郷中学校と伊奈波中学校の廃校にともなう再編で岐阜中央中学校と同時に誕生した学校です。校舎は旧・明郷中学校のものを使いながら、校区は伊奈波中と島中の一部を引き継ぐという、少し込み入った成り立ちをしています。
校名の「清流」は飾りではありません。校章の「中」の字は川のせせらぎと水の波紋、中央の「S」は遡上する2匹の若鮎。目の前を流れる長良川は、2015年12月にFAOから世界農業遺産に認定された「清流長良川の鮎」の舞台であり、その土地の記憶が校章のかたちになっています。校歌を南こうせつ氏が作曲しているという事実も、開校が新しいこの学校ならではの個性でしょう。
通学区域は早田小学校区と則武小学校区の2つ。生徒数は令和7年度で494人と前年から増えており、当面は安定した規模で推移しそうです。ただし学区は住所単位で決まるため、物件情報の学区表示を鵜呑みにせず、契約前に岐阜市教育委員会へ照会するのが確実です。アクセスは岐阜バス「北高前」から徒歩5分、車なら忠節橋通り(国道157号)が動線になります。周辺は道幅の狭い住宅地なので、路上駐車だけは避けてください。
最初の一歩としておすすめしたいのは、忠節橋を歩いて渡ってみることです。1948年完成、全長266.06メートル、2019年に土木学会選奨土木遺産に認定されたアーチ橋を自分の足で渡ると、その先に広がる文教地区の空気がつかめます。橋の南詰で振り返れば金華山と岐阜城。学校を探して開いたページのはずが、岐阜市のもう一つの顔に出会う散歩になるかもしれません。
※本記事の情報は2026年7月時点で各学校・自治体の公式発表をもとに整理したものです。生徒数・行事・学区の運用は年度によって変わるため、最新情報は各公式サイトおよび岐阜市教育委員会でご確認ください。

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